サイレント
「何言ってるの?こないだ言ったでしょ。ただ好きじゃなくなっただけだって。聞いてなかったの?ハジメくんの何が悪かったとか、嫌いになったとか、いちいちそんな風に考えないで」

「考えるよ。考えなきゃ、先に進めない」

「私のことを忘れればいいだけよ。そしたら先に進めるじゃない」

一は樹里の小さな足の爪を見つめた。
小さな爪にはキラキラ光るペディキュアが塗られていた。

自然とその爪に指が伸びる。

「……触らないで」

少しだけ樹里の呼吸が乱れた気がした。

これ以上嫌われたくはないのですぐに手を引っ込める。

「俺、来年受験だし、また勉強ばっかになる」

「いいんじゃないの、それで。子供は勉強するべきだし」

「中学三年の時、俺勉強ばっかでジュリを放ったらかしにしてた。だから振られたのかも……って」

「そんなこと関係ない」

樹里の髪がさらりと揺れた。樹里の表情が曇る。

「だったら、俺が一度もジュリに好きだって言わなかったことが原因?」

「違うって」

「何で言わなかったんだろうって後悔した。まさか会えなくなるなんて思ってなくて、捨てられる未来なんて考えもしなくて、甘えてた」

「いまさら何よ。これ以上聞きたくない」

樹里はうんざりといった仕種で立ち上がると冷蔵庫へ向かい、中からワインを出してグラスに注いだ。
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