サイレント
赤い液体を樹里は狭い対面式のキッチンに立ったまま飲み干す。

まるで葡萄ジュースでも飲み干す勢いだ。

一はただその姿を見つめた。

再び樹里がグラスにワインを注ぐ。

樹里は立派に大人だった。一に夢中だった樹里がまるで別人。

「俺が高校卒業してスーツでも着て歩くようになれば相手にしてくれる?」

一は樹里のベッドに顔を埋めて尋ねた。

シーツから懐かしい香りがした。

「その頃には私、人妻かもしれないけど。子供もいたりしてね」

「意地が悪いな、本当」

樹里の一言一言が一を地味に傷つけた。

何を言われても平気なわけじゃない。一だって怖くなって樹里の所へ通うのを躊躇うこともある。

ただ、そんな時は傷だらけだった樹里の手首を思い出して自分を戒めた。

「……したいだけだったらいいよ」

唐突に樹里が言った。

一は驚いて顔をあげる。
キッチンに立つ樹里は少し顔が赤かった。

またワインを飲み干す。

「それで気が済むなら。付き纏われるのは本当迷惑だし、私はこれからも陽平さんを好きでいるけど」

「……何言ってんの。飲み過ぎ」

「別に。これくらいで酔わないよ。私お酒強いから」
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