サイレント
一は自分の目を疑った。

言葉もでない。

そこにはアパートの駐車場で親父に抱きついている樹里がいた。

親父は一に背を向けているのでどんな顔をしているのかわからなかったが、こちらを向いて親父の肩に顎を乗せている樹里と目が合った。

目が合った瞬間、樹里が不敵に微笑んだ。

息をするのも忘れて立ち尽くす。

まるで時が止まったようだった。

間もなくして親父が樹里を引きはがした。

何事か呟いて親父はこちらに戻ろうとする。

一は慌てて部屋の中へ戻ると奥の部屋へと飛び込んだ。

カンカンカンとアパートの階段を上ってくる足音がして、ガチャリと玄関のドアが開く。

親父が一を呼んだ。

「おい一、ちょっとだけ出てくるから」

そう言い、すぐにまた玄関の開く音がして、親父の足音が遠ざかっていく。

一は床に座り込んだままズルズルと壁に寄り掛かった。

何だよソレ。

そうまでして傷つけたいか。

そうまでして自分を諦めさせたいのか。

それとも、本当に親父が好きだって言うのか。

頭の中がぐちゃぐちゃでどろどろだった。
< 338 / 392 >

この作品をシェア

pagetop