サイレント
テーブルの上の携帯が鳴った。

目を開き、息を吐き出す。

樹里は携帯の画面を見て力が抜けた。

『残念!あの子もういませんでしたー。じゃまた仕事で会いましょう☆』

携帯を投げ出して再び大の字でベッドに寝転ぶ。

そりゃそうだ。
暑い中何時間も外で待ってるわけがない。

樹里が相手にしなきゃそのうちきっと諦めて、誰か別の子を好きになる。

一を好きになる子はきっとたくさんいる。

一本芯が通ってて、しっかりしていて、優しくて。
何よりあの瞳。見ていると吸い込まれそうになる深い黒。

あの瞳で見つめられれば、そこに意味はなくともドキリとさせられる。

樹里にはもう必要ない瞳。

見つめ合うこともない。

見つめられることも、なくていい。

その瞳に映らなくなってもいいと選択したのは自分自身。

思い出ならたくさんもらった。

それをそっと心に閉じ込めて生きていく。

ただ一人で。

樹里は起き上がってベランダへ出た。四階から見える景色はそこそこ見通しがよく、街を見渡せる。

近くに高校のグラウンドが見えた。

白いユニフォームを着た少年達がバットを振り、白球を追い掛ける。

若いなあ、と思った。

若すぎる。生きている世界がまるで違っていた。
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