サイレント
熱のせいかぐっと深い眠りに落ちたのだろう。

すごく長い時間眠っていたような気がしていたが、目覚めるとまだ12時をちょっと過ぎた所だった。

キッチンに立つ拓海の姿が見えた。

拓海は手慣れた様子で葱を切り、煮立った鍋へ放り込む。

戸棚から茶碗を出そうとしてようやく一の視線に気がついた拓海はおっ、という表情をした。

「起きたんだ。ちょっと待ってて。今うどん出来る」

「お前料理なんか出来るようになったのか」

またしても拓海の成長を目の当たりにして驚く。
離れて暮らしていると家族でも知らない事が増えていく。

「俺もね、生きてくためには何でも出来ないとダメだってことを学んだからね」

拓海は努めて明るく言うが、ちくりと胸に針が刺さったような痛みを感じた。

そうだ。

昔、苦しくて辛くて不安な思いをしたのはなにも一一人ではなかったのだ。

当たり前のことだけれど拓海もまた心に誰にも言わなかっただろう傷を抱えていたのだと、今ようやく気付かされた。

一と拓海と樹里だけが知る時間が確かに存在した。
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