サイレント
道路へ出てゆっくりとバス停の前を通り過ぎる。

決して一と目なんか合わせないように……。

見ないように。見ないように。見ないように。

見ちゃだめ。見ちゃだめ。見ちゃだめ。

だめだ。

あ。

バックミラー越しに一と目が合ってしまった。

地面にしゃがんだ一がこちらを見ていた。

思わずブレーキを踏んでしまう。

馬鹿だ。あれほど見てはいけないと自分に言い聞かせておいて、結局は気になってバックミラーを覗いてしまった。

ちょうど目の前の信号が赤に変わる。

もう一度ミラーを覗くと、一が立ち上がるのが見えた。

ゆっくりとこちらに歩いてくる。

樹里は交差点の横の信号を見た。まだ変わりそうにない。

とうとう一が車の横までやってくる。

一が助手席に乗り込んでくるんじゃないかと、樹里はハンドルを握る手にぐっと力を込めた。

けれど、一はそのまま樹里の車を追い抜いて歩いていってしまった。

拍子抜けした樹里はただじっと一の後ろ姿を見つめた。

一は赤信号を無視して横断歩道を渡り、すたすたと歩いていく。
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