サイレント
心なしか一の足どりが覚束ない。

信号が青に変わると樹里は真っ直ぐ車を走らせ、再び一の横を通り過ぎた。

少し強くブレーキを踏み、路肩に車を寄せる。

「どこまで歩く気?」

完全に墓穴を掘っている。樹里は窓を開けて歩道を歩く一にそう声をかけた。

「これみよがしにふらふら歩かれると目障り」

一は樹里の言葉に一瞬ぽかん、とした表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻る。

「……見なきゃいいじゃん。無視してさっさと帰れば済むことだろ」

「陽平さんの息子だから嫌でも目に入るの」

「あっそう」

「乗りなよ。送るから」

「……いい。歩いて帰れるから」

そう言うと一はまた歩き出した。

「何時間歩くつもり?バッカじゃないの!?」

仕方なく樹里は車から降りて一を追い掛けた。
外はじりじりと焼け付くような日差しで、すぐに汗が噴き出す。

「意地張ってないで、さっさと」

樹里は逃げるように歩く一の腕を掴んで驚いた。

一の腕は尋常じゃないくらい熱を持っていた。

「ちょっと、あんたすごい熱……」

「……ただの風邪だって」

「風邪って。こんなに熱あるくせになんでわざわざこんな遠い病院」
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