サイレント
保健室の中に一と樹里の二人きりになった途端、樹里は気まずそうに俯いてしまう。

胸のむかつきが増す。

「先生、昨日夕飯ありがとう」

一は胸のむかつきを何とかやり過ごそうとした。

「あ、ごめんね。勝手なことして。私普段料理しないからおいしくなかったでしょ」

「いや、うまかったっす。弟も喜んでたし」

一がそう答えるとそれまで視線をそわそわと泳がせていた樹里がぱっと顔を上げた。「本当!?」と嬉しそうに目を輝かせていた。
そんな樹里に少したじろぐ。

「本当」

「よかったあ」

心底安心したように胸を撫で下ろす樹里がまるで同級生のように見えて、なんだかむず痒い気分になった。思えば樹里と普通の会話をするのなんかも初めてだ。

「でも先生、わざわざ家来んの大変じゃないの?」

「ううん……別にだって」

「何?」

「その、私の家、芹沢くん家のすぐ傍だし」

「……マジ?」

驚いた。
身近にいる大人の中で1番簡単に金を貸してくれそうだと樹里に目を付けたのだが、ここまで好条件が揃っているとは思わなかった。
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