サイレント
逃げるようにして樹里が足早に玄関へ向かう。

一はその背中を慌てて追った。

樹里が玄関を開けたとたん強い風と雨飛沫が家の中に入り込む。
一は樹里の体ごとドアと共に引き戻し、ドアを閉め、その前に立ちはだかった。

「こんな中むちゃだろ」

樹里の顔が今にも泣き出しそうな程ぐしゃりと崩れた。

また、胸やけが一を襲う。自分達の靴が散らかった玄関には父の靴も母の靴もない。ずっとないままだ。

今頼れるのは樹里だけだ。

「先生、」

「……何?」

鳴咽のような樹里の声。わからない。何がそんなに樹里を不安定にする?
一に金を貸したことか?いや、それより前から、樹里はこんな顔をしていた。

いつも困ったように一から目を逸らす。

一は後ろ手で玄関の鍵を閉めた。

ガチャリ。

リビングには幸せそうに眠る弟がいる。
目の前には壊れそうな保健室の先生がいる。

そして一は両親のいない生活に不安が増すばかり。

この世の中は何か悪いものに蝕まれている。
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