サイレント
口先だけの綺麗事に騙されたりしない。

「私……」観念したように樹里が震える声を出した。

「うん?」

一呼吸置いて、蚊の鳴くような声で樹里は「……死にたい」と漏らした。

ヒュー、ガタガタ。
リビングから窓ガラスの揺れる音が響いてくる。

「死に……たい?」

一は聞き返した。聞き間違い、のはずはないけれど。樹里はこくりと頷く。

「何で?何で死にたいの?」

冗談でなく、誰かが本気で「死にたい」と言うのを初めて聞いた。
目の前が霞む。

信じられず、一は樹里の赤い唇を見つめた。一体何を言い出すんだ、この女は。

「……私、頭がおかしいから。苦しいから、生きてる価値ない。芹沢くんだって本当のこと知ったら私のこと嫌いになる……」

ついに樹里の瞳から大粒の涙が零れ落ち、頬を伝ってフローリングの廊下にぽたりと落ちていった。

「嫌わないって。嫌われるなら俺の方だし。いきなり金貸してとか、」

「私は……嫌いになんかなれない」

ぐさりと突き刺さるような瞳を向けられて一はドキリとした。
独特の空気を感じ取った一は身を強張らせる。

まだ知らないはずなのに、この先起こることが手に取るようにしてわかる時がある。

試合で「打たれる」そう思う時の感じと限りなく近かった。
< 49 / 392 >

この作品をシェア

pagetop