サイレント
翌日、台風は過ぎ去り、穏やかな天気の中、青空が広がっていた。

一は朝一で樹里の携帯電話から樹里の自宅へ電話をかけた。

「もしもし」と、若い男の声がして、一は一瞬ドキリとしたが、昨日樹里が「弟」と言っていたのを思い出して「樹里さんいますか?」と尋ねた。

しばらく保留音を聞かされ続けた後、泣き腫らして掠れたような樹里の声が聞こえて来た。

よかった。生きていた。
一はホッと胸を撫で下ろす。

「先生、昨日携帯忘れてったよ」

「あ、……うん」

「放課後家まで取りに来てよ。学校じゃ渡しにくいし」

「……」

沈黙が耳に痛い。一は自分が緊張していることを自覚し、うろたえた。先生が自分を好きなんだ、と改めて実感する。
自分より十以上年上の大人の女が自分を好きで、死にたくなる程思い悩んでいる。

一にしてみればそれはもの凄いことだった。平凡な中学生にはまずありえない。

相沢にも、山田にも経験できないことを、一は経験している。
そう思うと妙な優越感すら覚える。

「先生、俺今日部活サボるよ。だから、絶対来て」

強引な口調で言って一は一方的に電話を切った。

いつも通り8時に弟と家を出て学校へ向かう。
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