サイレント

three

樹里の茶色い髪の毛が顔にかかって息がしにくい。

逃がすものか。やっと見つけた唯一の味方。

一はそれ以上何も言わず、長い間樹里を抱きしめていた。少しずつ樹里の身体から力が抜けていく。

「芹沢くん……」

不意に呼ばれて一は樹里の顔を覗き込んだ。
樹里はどうしていいのかわからないような顔をして一を見つめていた。

「ばれなきゃいいんだよ」

自分で言ってて驚いた。気がつくと一は自分のものだとは信じられないくらいの低い声で囁いていた。

「俺らより、汚いことや悪いことをしている大人はたくさんいるだろ?学校の先生達だって学校の外じゃ何してるかなんてわからない。何だってアリだ」

一は無意識に樹里の髪の毛を触って、絡めとるように指を差し入れた。

「いいんだ。きっと。これでいい」

一は自分にも言い聞かせるつもりで呟いた。

いい匂いがする。脳が麻痺するようだった。
身体に電気が走り抜けるようだった。

けれど、度胸がなくてそれ以上先へ進めない。
今はただ、大人ぶってカッコつけて樹里を抱きしめるのが一に出来る精一杯。

何故だか自分が金で樹里に買われたような気がした。

そしてその日からだんだんと一は部活を休みがちになって行った。
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