サイレント
「愛はお金で買える……?」

一の言葉に樹里は表情を固まらせた。
降り積もる雪が窓ガラスを被って天然のカーテンを作る。
誰からも見えない。誰も見ていない。

どうする?
このまま、いつも通りに別れるか、先へ進むか、いっそ全部捨ててしまうか。

捨ててしまえたらどんなに楽か。また部活に戻って相沢達と野球して、それなりに下ネタを言ってふざけたり、クラスの女子といい感じになってみたり。

そういう普通の生活を、今更。

「……そんなの、買えるならどんなに楽か……」

樹里は悲しい時は無意識に手首に爪をたてる。

「どうやら、買えるみたいだよ。先生にだけは」

今の自分は父や母とどう違うのだろう。自分のためだけに家族を捨てるような自分勝手な両親たちとどこがどう、違うだろう。

一はシートに腕をついて上半身だけを傾けて樹里に近づいた。

目と鼻の先に樹里の顔がある。
さらに、前へ。

正真正銘のファーストキス。でも樹里にとっては何度目なのかわからない。

「先生は俺を買ったんだ。ただの生徒だったのに、買って、自分のものにした」

「ハジメくん……?」

「買ってくれたのが先生でよかったよ」

樹里の涙がまた頬を伝う。樹里の泣き顔はもうすっかり見慣れてしまった。
そして今夜もまた、樹里から五万円を受け取って一は家に帰った。
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