サイレント
一、二、三、四、五。

一は学生服のズボンのポケットに突っ込んだ指で折りたたみ財布の中の一万円札の枚数を確認した。

五万円。五万円稼ぐには、一体どれだけの仕事をしなければいけないのだろう。

「……おい、芹沢聞いてるのか?」

放課後の教室、一と机を挟んで向かい合って座っている担任は怪訝そうな表情で一を見つめていた。

今日は成績表を受け取るついでに進路についても話し合う、いわゆる個人面談というやつだった。
廊下には順番待ちの生徒たちが並び、時折ひそひそと話し声が聞こえてくる。

一は「聞いてます」と返事をした。

担任は一の成績表を見ながら「うむ」と唸った。

「成績はまずまずだな。この前のテストは惜しかったな。あと5点で450点だったのにな」

「はあ……」

「しかしなあ、お前、野球部辞めたんだって?レギュラーだったのに。授業中もたまに心ここにあらずみたいな顔してるし、何かあったのか?」

普段がさつで気のきかなさそうな担任が、意外と一を見ていたことが驚きだった。担任は成績表を一に手渡して机に肘をつく。

「別に何もないですけど。ただ、部活よりやりたいことを見つけただけです。勉強も頑張りたいし。部活やってるとどうしても勉強できないから」

一はもっともらしい理由を並べたてた。
教師は皆、とりあえず勉強さえできれば後のことについてあまりとやかく言わない。
一の担任もまた、そういう教師だった。

進路は一応第一希望、N高校と答えて一の面談は終わった。
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