サイレント
樹里は窓に近い位地に立っているため、一からでも表情がはっきりとわかる。

樹里は愛想良く笑いながら何やら話していた。
時折、ジャージの男の足が一歩前に出たり、引いたりする。

男は長い間保健室にいた。樹里の表情から察するに仕事の話ではなく、単なる雑談だろう。
次第に樹里は男に対して戸惑ったように頷いたり、視線をさ迷わせるようになっていった。

一はそんな樹里の様子を見ながら歯を食いしばった。

一体、何話してるんだ？

もやもやと腹の中に澱んだものが溜まっていくような感じがした。

男の手が見えた。
男は徐々に樹里へと近づいていたので、今はちょうど胸から下まで見えるようになっていた。

男の手に紙切れが握られており、それをやや強引に樹里へ渡そうとしている。

視力2.0の一の目をもってしてもそこに何が書かれているの読み取ること等出来ないが、そんなもの携帯番号に決まっている。

もしかしたら違うかも知れないが、間違っていたら間違っていた時で、今の一には樹里がそれを受け取るのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。

一は勢い良く立ち上がると反対側の校舎へと走り出していた。
< 63 / 392 >
表紙・目次

この作品をシェア

pagetop