サイレント
昨日のキスは、正直驚いたけれど、一が自分を好きだと思える程樹里の頭はおめでたくないし、いつ一の母が戻って来て用無しだと言われるか毎日ビクビクしていた。

「俺、面談終わってもう帰るんだけど先生はまだ帰らないの?」

「うん。もう少ししたら帰る。今日はこれで誰も来ないだろうし」

「そっか。タクは最近友達の家のゲームにハマっててなかなか帰って来ないし、先生も忙しいなら夕飯たまには買ってきたものですませるよ」

どこと無くぎこちない空気が二人の間を流れた。
場所が学校なだけに落ち着かない。

「じゃ、俺先帰ってるから」

「うん」

樹里は視線を足元に向けて返事をした。制服姿の一を見るのはあまり好きじゃない。

たまに生徒たちの集団の中にいる一を見かけるたび、見えない壁が樹里と一を隔てているのを思い知らされる。

一はまだまだ子供で、大人になるまでには気の遠くなるほどの年月が必要で、そうなる頃までには自分は今よりさらに歳を取っている。

大学の頃、漠然とだけれど当たり前のように25、6 で自分は結婚するのだと思っていた。

可愛い子供を生んで、家族で旅行して、そんな普通の未来が今は想像もできない。
< 71 / 392 >

この作品をシェア

pagetop