サイレント
一の唇の感触を思い出すたび立っていられなくなりそうなくらいの眩暈を起こす。

私は一体、どうなってしまうんだろう。

うんと年下の男の子に溺れて息も出来ずに静かに死んでいけたらそれ以上の幸せはないかもしれない。

大人になった一が樹里を必要とするはずがないのだから、いっそ、このまま。

終業式は呆気なく終わった。
樹里は特に何をするわけでもなく出勤し、ぼんやりとしていただけで、気付けば生徒たちは全員帰宅していた。

樹里は去年の冬に買ったマフラーを首に巻き、学校を出た。

今年の冬は全く買い物をしていない。新しいブーツもコートも、雑誌で眺めるだけでついに買うことはなかった。

家に食費を入れ、一に金を貸し、ガソリン代に携帯料金、その他にも細々と必要なものを買っていると気がついたら通帳の残高は限りなくゼロに近くなっていた。

「樹里毎日どこ行ってんの?」

いつものように家で着替えてから一の家へ向かおうと玄関でショートブーツに足を入れていると、二階から下りて来たテツが不思議そうに声をかけてきた。
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