サイレント
そうやって今日書く内容をぼんやりと考えていると、ガラリ、とベランダのガラス扉が開いた。

樹里は慌てて煙草の火を消し、吸い殻を携帯灰皿の中に押し込む。

薄暗いベランダに明かりが漏れたのと同時に、背中に温かさを感じた。

耳元に熱い息がかかる。

「先生、風邪ひくよ」

一が樹里を背中から抱きしめるようにして座っていた。

「ご、ごめん。ちょっと外の空気吸いたくて」

「身体冷たくなってるし」

「もう入る」

煙草の匂いに気付かれたくなくて樹里は逃げるように立ち上がった。

一の腕が力無く離れ、樹里は途端に寒さを感じる。

部屋の中に拓海の姿はまだなく、一はひと足早く風呂から上がって来たようだった。
風呂上がりの一の髪は濡れたままで、毛先から落ちた滴が鼠色のトレーナーに染み込んで行く。

彼の肌を伝う水滴になれたら素敵。
性懲りもなく、また馬鹿なことを望みながら樹里はじっと一を見つめた。

一は黒い瞳で樹里を見据えていたかと思うと、急に何かを吹っ切るように頭を振ってタオルを頭から被ってしまう。

「ハジメくん」

「……何?」

「好き」

「……」

込み上げる想いを有りのまま言葉にするが、タオルを被ったまま俯いてしまった一の表情は見えない。
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