サイレント
『彼の指が私の髪に触れるたび、私は幸せで泣きそうになる。彼は私から離れると、信じられないくらい穏やかな笑顔をした。
「先生、また明日ね」
そうやって彼はいつも私を逃げられないように捕まえてしまう。
私が彼にまたね、と言われれば行かずにはいられないのを知ってて彼は私を誘うのだ。』

幸子は何かに取り付かれたように携帯の画面から目が離せず、何度も同じページを読み返していた。

冬休みがこんなにもつまらないものだとは思わなかった。

特定の部活にも所属していない幸子は冬休みに入ってからずっと暇を持て余していた。

ファンヒーターの温度をやたらと高く設定してある幸子の部屋は真冬とは思えないほどの熱気で蒸していた。

「げっ、暑っ」

ガチャリとノックもせずにドアを開けた尾垣が不快そうに眉を歪めた。

幸子は侵入者に制裁を加えようと手近にあった目覚まし時計を振りかざす。

「おい、まさかとは思うがそれを兄に向かって投げるつもりじゃないだろうな?」

ますます表情を歪めた尾垣は身構えたように後ずさった。

ここは正真正銘幸子の部屋であり、幸子が生まれてからずっと育って来た家だ。

淡いピンクの絨毯も、オフホワイトのベッドカバーも布団も、丸テーブルも、どれも幸子の趣味で揃えたもので、幸子が1番寛げる空間。
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