サイレント
「どっちかっつーと、金城先生が、」

ボソリと言いかけて兄が黙った。
あれこれ考えるのに忙しい幸子はそれを聞き逃して「え?何?」と聞き返す。

けれどぱっと幸子の足を離した兄は「なんでもねー」と言って立ち上がった。

兄の手が急に離れてしまって少し名残惜しい。

毎回連れている女が違うところは大嫌いだけれど、小さい時に兄から異常な程可愛がられて甘やかされた記憶は幸子の頭に染み付いてしまっている。

幸子が生まれたときにはすでに十歳だった兄は当然ながら幸子と喧嘩をするはずもなく、暇さえあれば抱いて、お菓子も玩具も幸子が欲しがれば何でも与えてくれた。

ちょっとしたお姫様として育って来た幸子は他人に何かを譲ることを知らない。だから同性の友達が極端に少なく遊び相手はいつも兄だった。

それなのに、兄は最近女を取っ替え引っ替えするのに忙しく、殆ど家にいない。
こんな風に兄が幸子の部屋へやってくるのは久しぶりだった。

脱いだパンツを放ったらかしにし、人の顔の前で平気でオナラをするようなこんな男がモテるなんてどうかしている。
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