サイレント
ぴしっとスーツを着こなし、高級そうな腕時計をした父が一の前に腰を下ろし、ごく自然にコーヒーを注文した。

「話って何だよ」

「ん?ああ、あいつ元気?」

「は?あいつって誰」

「お前の母親に決まってんじゃん」

父は笑いながら背もたれによしかかりのけ反った。
仕種がいちいちカンに障る男だ。

「出てったっきり帰って来ない」

一の返事に父は少し考えた後、「……ふーん」と言った。

運ばれて来たコーヒーが父の前に置かれる。
父はそれに角砂糖もミルクも入れずに飲んだ。

一たち以外客のいないカフェは静かで、自分たちの声がやけに大きく聞こえた。

「んじゃあお前ら今どーやって生活してるわけ?」

当然聞かれるだろうと予想していた質問に、一は身を固くした。

いざとなると切り出すのに勇気がいる。
第一、こんな男に事実を教えてやる必要があるのだろうか。

一は一口コーラを飲んだ。炭酸が口の中でしゅわしゅわと弾ける。

「金を貸してくれる人がいて、生活費はそれでまかなってる」

着ている大きめのトレーナーの裾を引っ張りながら一は父の反応を窺った。
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