サイレント
彼、一は視線だけ樹里へ向けると「家、誰もいないし、歩いて帰るのしんどい」と答える。

そう言われてしまってはどうしようもない。

「普段は薬とか渡さないんだけど、咳止め飲む?私の私物でよければあるけど」

一は億劫そうに頷いた。樹里は自分の机の引き出しを探り、水と薬を一に手渡す。

一は身を起こして薬を飲み込んだ。
熱が上がってきたのか先程より頬に赤みがさしていた。

「いつから?朝からずっと?」

もう三時限目だ。

「二時間目の途中から。多分昨日部活で雨に降られた後そのまま着替えずにふらふらしてたから」

「…」

一は樹里に対して敬語を使わない。
一だけじゃない。他の生徒たちも皆、樹里に対してはタメ口だった。
まだ他の教師より歳が若い分、先生という認識が薄いのか、生徒との距離が近く感じる。

普段仕事をする上ではそれも気楽で構わないのだが、一との間では逆に苦しさが増すばかりだった。
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