エルドラドステージ
「尊厳死…と言う言葉を知っているか?」


武は「彼」を見つめながら二人に問うた。


「なんとなく…。ただ、この時代には関係ないと思っていた。」


マンドリンを抱え、登は耳を澄ます。


砂漠には尊厳死どころか人間の…いや、生き物すべてに対して興味がないとしか言いようのないことが日常的にある。


太陽は容赦なく大地を乾かし、雨は身体を酸で溶かす。

哺乳類は人間以外もはや姿を見せず、昆虫は不気味な姿に変化して目につく生物を喰らう。
鳥類の死体からは重油の臭いが漂い、魚類は深い海の底だ。
生き物の死体には身体に蓄積されてきた有害物質が大半を占めている。

人間はといえばすでに遺伝子的に満腹中枢はなく、食料はアトマイズで収めるようになって久しい。

またある地域で誕生した人間は、身体に「ビー・ダスト・システム」が組み込まれる。
これは溢れ出した人口に対し死体を埋める土地が不足した頃に考えられた習慣だ。
体内に埋められた数個のチップが、心肺停止・脳波停止を確認した時に小爆発を連動して起こし、身体が微粒に分解される。見た目としては砂のようになり、砂漠に消えるようになるのだ。



「彼は…生きていたいのだろうか」


三人の視線の先に彼はいた。


身体には幾重にも布を巻かれ、吸収しきれない養分が滴り落ちている。


「章…彼は何か言ってるか?」


「何も聞こえない。意識はうっすらとある…」



それから三人は何度も何度も彼の元を訪れた。


やがて来る別れを惜しむため?


いや、きっと違う。


尊厳死の意味を掴むため?


きっとそれも違う。


なぜだかわからない。


ただ、彼のそばにいたかった。

例え彼が何も答えてくれなくても。

例え彼がひとりでひっそりと逝きたいと思っていたとしても。


最期の時を知りたかった。



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