君を好きな理由
「どうも、久し振り」

スマホの通話を切りながら笑う顔は、とてつもなく見覚えのある顔。

大安の日曜なのにパリッとしたスーツ姿にはびっくりしたけど、少し柔和な笑顔は相変わらずで、愛想の良さを発揮している。


「驚いたみたいだね」


そりゃ、驚くでしょう。


こんなところで九条宣隆に会っちゃえば。


「何か用?」

捕まれた腕を振りほどこうとしてもガッチリ捕んで離してくれない。
諦めながらも身体は遠巻きにして、九条を睨んだ。


「離して頂ける?」


冷たい視線でそう言ったら離れた手。

痛かった。

腕をさすりながら一歩下がる。


「そんなに邪険にしなくてもいいだろう?」

ニコニコ笑えと言うのは、無理な相談だろうと思うわ。

「救急辞めたんだって?」

溜め息をついて腕を組み、それから首を傾げた。

「だから?」

「辞めるとは思っていなかった。生き甲斐みたいにしてたのに」

「救急は辞めたけど、医者を辞めた訳じゃないわ」

まぁ、貴方に関係のない話だろうけどね。


「用がないなら行くわ」

言い捨てて、背中を向けると、


「こんな昼間から着飾って騒いで、新しい男は羽振りがいいんだね」

「…………」


ニッコリ微笑んでいるけれど、刺のある言葉に振り返った。


結婚式だもの着飾るのは普通の礼儀だわ。

結婚式にお通夜みたいな格好で行ったら、それこそ非礼だ。

お祝いだから昼間からお酒も飲むし、騒ぎもするかもね?

だけど、それと“新しい男”はイコールにならないかな。


何を言いたいのかな、この人は。


「葛西は金持ちだろう?」

「そうかもね」

実際には知らないけど。

付き合っている男の通帳残高を、覗き見する女はなかなか居ないでしょう。


「僕の前の男も、大きな総合病院の息子だったよね」

「そうね?」

そりゃ出会いが少ないし。

医者になる大学に行けば、自然と医者になりたい人の集まりな訳だから、そういう家の息子もたまにいるわよ。


「そのドレスも素敵だね? 葛西に買ってもらった? 君は男に貢がせるのが得意なんだね」


この人は馬鹿なんだろうか?


そう思うのと、背後から伸びてきた腕に抱きしめられるのは同時だった。
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