君を好きな理由
「捜しました」

「ああ。うん。ごめん」

上を見ると、困ったような博哉の顔。

それからついっと指先で眼鏡を直すと、明らかに作り笑いで九条を見た。


「九条さんも、久し振りですね」

九条はにこやかな笑顔を浮かべたまま、ゆったりと頷いた……つもりらしい。


実際は少しひきつっている。


まぁ、目の前で人の事を抱きしめながら、挨拶するのは私もどうかと思うけどね?


「ああ。葛西君は元気そうだね。営業の人の付き添いで、よくうちの会社に来ていたけれど」

「そうですね、取引をしていた頃は。うちはもう手を引きましたが、以前はよく伺いました」

それから博哉はますます晴れ晴れと微笑んで、首を傾げる。

「貴方とは社内ではお会いした事は一度も無いですが、祝賀会などではよくお会いしましたね」

「…………」


博哉はかなーり皮肉屋なんだなー。


「日曜なのにビジネススーツですか? 大変ですね」

「そういうそちらは? こんな陽の高いうちから、随分と賑やかな一団とご一緒されておりましたね。何のパーティですか?」

「友人の結婚式です」

パッと九条の顔が赤くなった。

何か勘違いしていたのか、微かに後ろ暗そうにしている。

そこに爽やかに、博哉は追い討ちをかけていた。

「俺は社用でもなければ、パーティの類いは嫌いですし。九条さんはお好きだったとお聞きしたことがありますが。今は全く出席されないとか?」

「……仕事が忙しくてね」

「ええ。そうでしょう。株式市場を見ていれば解ります。では、お引き留めするのも申し訳無いので、そろそろお暇させて頂きます」

そう言って私の手を引いて立ち去ろうとしたけど……

やっぱり九条はその背中に向かって、吐き捨てるようにして呟く。


「持っていれば何でも手にはいると思わないことだな。自分の女をブランド物で着飾ってやるのも、どうせ親の金だろう」

「…………」

「…………」


思わず博哉と顔を見合わせて、それから九条を振り返る。


「あのね。すごーく勘違いしているみたいだから言っておくけど」

ドレスワンピを指差し、少し険のある九条に苦笑した。

「確かにブランド物だけど、これくらいのワンピースは私は自分で買えるし、自分で買えないようなものは欲しいとは思わないの」

……あの親にしてこの子あり、なのかしら。

「貴方は色々と間違っているよね……私は好きだから付き合ったの。誰かの息子だから、好きになった訳じゃ無いの」

でも貴方は、そう思っていた訳なのよね。

言いながら、博哉の腕に腕を絡ませる。

「でも、終わった事だもの。今更貴方にあれこれ言われる筋合いはないし、言うつもりもないわ」

「はるか……」

「貴方に“はるか”って呼ばれる義理もないし。人が背中を向けないと、文句も言えない人は願い下げだわね」

言いきって、博哉の腕を引いた。

引いて、路地裏から出ると、二人で無言で歩く。
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