君を好きな理由
たぶん、覚えていないくらいに昔で、記憶にないくらい自然に。

仕方がないから……そういって、諦める事だけが上手になっていく。


恋愛をしたくないわけじゃないわ。


人を好きになるのは確かに楽しいし、好かれる事は正直嬉しい。

もちろん人が嫌いなわけでもない。


だけど……

だけど、状況が許さない事は、驚くほどにたくさんある。


それは知っている事よね。


膝の上の葛西さんを見下ろして、静かに苦笑した。


貴方、私にふらついている暇はないでしょう。

社長の息子で、秘書課の主任で、しかも男盛りの30代。
男の人は身を固めて、家庭は奥さんに任せて、仕事に集中しなさいと見なされる年齢じゃないの?

実際、お見合いも勧められているんだろうし、貴方にも色々としがらみがあるでしょう。

貴方が選ぶのは私じゃないわ。

我が儘で、冷たくて、可愛くない女なんてお似合いじゃないわよ。

お見合いでも、勝手に選ばれててもいいじゃないの。
素直で、暖かくて、可愛い女性を選びなさいよ。
貴方の事を支えてくれそうな、そんな女性を選べばいいのよ。


だって、男の人ってそうでしょう?

長く付き合ったって、選ばれていくのは可愛くて素直な……私とは正反対の家庭的で、暖かい感じの女の子。

好きだと言ってくれても、男の人が最後に選ぶのは“家”とか、“プライド”だとか、そんなものばかりじゃないの。

そして、別れの理由を私に振りかけていくのよ。


“君は一人でも生きていけるだろう”

どこの世界に一人で生きてる人間がいるのよ。
私だって友達の一人もいないで孤独に過ごしていたら憤死するわよ。


“親が結婚しろってうるさいんだ。でも、君はまだ結婚するつもりはないだろう?”

一度だって私に聞いた?
確かに今は勉強が楽しいし、続けるつもりだけど、聞かれていたら少しは考えたわ。


“君は強いから”

……強かったらくよくよしないわ。

さっさと次の人を見つけて、思い出は思い出として、しまっておけたわよ。


“だけど、君が好きなんだ”

お見合いをして、家同士では意気投合して、結婚をするかしないかの段階まできていてそれは言う言葉?


……家を捨てて、なんて私は言えない。

彼の優しさに甘えていたのは認める。

我が儘に甘えて、彼のまわりの環境や状況に気づくのが遅かった。

全てを敵にまわしても、自分を選んでほしい。

そんなことが言えるのは、恋に恋して浮かれている時代の特権。


だから、思いきり喧嘩をした。


喧嘩して、去り際には“勝手にしろ”と言う捨て台詞付き。



嫌いじゃなかったわ。

それどころか好きだったわ。

好きだったけれど。別れたあの人は間違いなく良いとこの“坊っちゃん”だった。
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