君を好きな理由
さて。

どうなっているのかな、この状況。

この動きにくさは服のまま……と言うかコートまで着たままだろうけど、見知らぬ部屋の、誰かのベッドの上に寝ているこの状況。

うん。
まぁ、実は全く見知らぬ部屋ではないけれど、私は確か他の場所に座っていた記憶があるな。

ブラインドの隙間から見える光に、目を細めながら起き上がる。


「目が覚めましたか?」

ドアの開く音に振り返ると、困ったような葛西さんが顔を覗かせていた。


……ですよねー?

「えーと? 私がベッド占領してたのね?」

なんてことだろう。

なんて言うか、いろいろ申し訳なさ過ぎる。

「起きたら床に横になっていてびっくりしました」

「ごめん。泊まるつもりはなかったんだけど」

「いえ。そこはお気になさらず。醜態さらしたのは俺ですから」


それはそうなんだけどね。

初めて上がった男の部屋で眠れちゃった私も、相当に生き恥さらした気がするわよ。

「とりあえず朝飯食べませんか?」

「朝御飯?」

「朝はご飯派ですか?」

「珈琲派です」

そっと上掛けを外して、立ち上がるとシワシワの見るも無惨なスプリングコート。


うわぁ……


「さすがに。眠っている女性の衣服を脱がせるのは躊躇いまして」

「まぁ、そうよね」

そうだけどさぁ。

仕方がないからコートを脱いで、絡まった髪を手ぐしで直す。

「顔を洗うなら洗面所はあちらです」

「女の朝仕度は時間がかかるわよ」

「素顔を見てみたいですね」

ニッコリ微笑まれて溜め息をつく。

素っぴんは嫌だけど、顔は洗いたい。

お肌の曲がり角を曲がった女は、肌ケアを怠っちゃいけない。

だからと言って、朝御飯作ってくれたのに、待たせるのはダメだと思う。

「洗面所かりるわ」

「どうぞどうぞ」

少しからかうように言って、葛西さんの姿が見えなくなると立ち上がる。

部屋を出ると見覚えのある書斎リビング。
キッチンから、お味噌汁のいい匂いとお醤油の匂い。

冷蔵庫の前に葛西さん。


葛西さんは自炊派なんだ。


「洗面所は廊下の右側ですよ。シャワー使いますか?」

「さすがにシャワーは……」

「タオルは棚にあるものを使ってください。化粧落としはありませんが、クレンジングでしたら置いてあります」

「ありがとう。えーと……」


顔も洗いたいけど、なんて言うか。


目が覚め始めると、別の欲求がさ……


「向かい側がお手洗いです」

……はい。ありがとうございます。


真面目に恥ずかしいわぁ。

とりあえず手早くお手洗いと洗顔を済ませていたら、

「はるかさん?」

「はい!?」

「鏡の隣の棚を開ければ、使い捨て歯ブラシが入ってますので」

「あ……ありがとう」

お言葉に甘えて、鏡の横の取っ手を開けると、予備の歯ブラシと使い捨て歯ブラシを見付けた。

なんだか、至れり尽くせりね。

と言うか、突然こんなことになるとは思っても見なかったわ。

歯みがきをしながら周りを見渡す。

シャワー付きの洗面所のまわりには男性用のシェービングローション。
ドライヤー。電動のシェービング。
ブラシと櫛。

葛西さんらしく、キッチリ並べられている。

……逆に女の影は一切ないと来たか。

色々とスッキリしたところで、やっぱり軽く化粧をしてからリビングに向かった。

「ごめんなさい」

「いえ。こちらの台詞でしょう。ところで誰に連絡しましたか?」

「あ。えーと。華子経由で磯村さん、磯村さん経由で山本さんに」

「ああ……」

視線が床を向いたので苦笑した。

図らずも、友達皆にばれちゃいましたね。

「まぁ、いいです。とりあえず食べましょう」

「食べれるかな……」

「珈琲も淹れましたので」

促されるままソファーに座って、目の前のご飯を眺める。
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