君を好きな理由
「別にいいんじゃないですか? 家事が女性の仕事だとは思いませんし」

「え。そう?」

それは男の人にしては珍しい発想かも。

「俺は作るのは得意ですが、逆に片付けや掃除は苦手です」

「あー……」

そういえば、床に本が積み上がった部屋だったなぁ。

「掃除は案外得意よ。華子にしつけられてるから」

「ああ。解る気がします。伊原さんはいつも会議室を短時間でピカピカにしますよね」

「華子の唯一の趣味よ」

「趣味の範囲内ですかね」

「……そういうことにしておいてあげて」

薄々気づいている人もいるだろうけれど、華子自身が潔癖症をカミングアウトしているわけじゃないし。

知らないフリをしてくれるなら、それに越したことはない。

「決めていないなら、夕飯をご一緒しましょう」

「へ?」

見上げると、とても清々しい葛西さんの笑顔。


なんだろう。胡散臭い。


「えーと。夕飯は一人で食べたいかなー。本を読みたいし」

「いいですよ。近くに丁度よいカフェがあります。静かですし、勉強する学生も多い」

「……えーと」

「俺も目を通したいものがありますから、一石二鳥ですね」

なんだその“丁度いいです”攻撃。

「また誰かに何か言われた?」

「いえ? はるかさんはいつも本を持参されてますし。普段から読んでいるのだろうと……」

言いかけて、難しい顔をした。

それからしばらくして、どこか感心したように私を眺める。


「……なによ」

「いえ。何でもありません」

「そんなわけないでしょ。言いなさいよ、気持ち悪い」

「いいえ。勝手に勘違いしておきますから、お気になさらず」

「勘違いは正した方がいいと思うんだけど」

「やめておきます。はるかさんはすぐに反論なさいますから」

「なさるに決まってるでしょうが」

「まぁ、ともかく、こちらです」

いきなり肩を抱かれて、反論する暇もなく木製のドアを通り抜けた。



……まぁね。

強引な男は嫌いじゃないわよ。

私はお世辞にも素直な人間じゃないし、どちらかと言うと気が強いとこばかりが目立つから、たまに強引さが必要になるのも知っている。

でも、強引にされて嬉しいときと、嫌なときってあるものよ。

あるけれど……
緩やかなクラシックのBGM。
アンティーク調のテーブルに内装。
珈琲の良い匂いに、たまに香る甘い匂い。

さすがに、こんな中で騒げない常識も持ち合わせている。


「そう怒らずに」

無言で睨み付けてみたけれど、葛西さんは苦笑しただけで奥まった席に私を座らせて離れて行った。

いいわよ。無視してやるんだから。

バックから医療関係の本を取り出して、ふわっと香る嗅ぎ慣れた匂いに店内を見回した。
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