君を好きな理由
「もういいんですか?」

閉じた医学書と私を交互に見ながら、葛西さんは座る。

「実は3時間経っているし。葛西さんも読み終わったんでしょ?」

「まだ持ってきてますから」

用意がいいな。

「今朝はそのつもりで家を出てきましたんで」

「なんで」

「今日の昼は一緒にならないのは解ってましたし」

「健気過ぎる……」

思わず顔をおおって俯いた。

一生懸命私に合わせてくれようとしてるのは解る。
解るから困る。

普通なら、脈がないとなれば諦めない?

諦めが肝心とも言うと思います。
思うんだけど……


葛西さんは言わないといけないんだろうなぁ。


「じゃ、真面目な話をしましょうか」

「はるかさんの真面目な話しは、たまにやり込められるので苦手です」

おいおいおいー。

「いや、話をしないとダメでしょ。って言うか、あんたいつの間に私を名前で呼ぶようになった」

「結構前からですが」

もう、色々と聞き流してきたなあ。

「さっきまで水瀬さんだったじゃないの」

「会社内で呼ぶと、回りがうるさそうですし」

「まぁ、うん。それはそうだけど。観月ちゃんくらいでしょ、表だって突っかかってくるのって」

「…………」

葛西さんは無表情になって、それから真剣に、まじまじと見つめ返される。


あー……ええと。

「その他大勢の無視は気にしてないだけだから。そもそも、仲良くもない人に無視されたところで痛くも痒くもないから」

さすがは社内のお婿さん候補の葛西さんなだけあって、そこかしこにファンの子がいたりする。

挨拶したら無視される事もあるけど、支障がないから気にもならない。

だいたい、私は会社員ではあるけれど、無視されて支障が出るような仕事じゃないし。

いじめには違いないだろうけど、いうべき事があるなら、言いたい放題言わせていただきますよ、私は。

「女性は気になさる方が多いでしょうに」

「まぁ、無視されるときついかも知れないけれど、私は一人で捌く種類の仕事だし。健康管理の小言を無視するようなら、上司に通告するまでたしね」

それに、健康管理指摘されて、無視をかましてくるのは営業部くらいよ。

企画部と絡むと残業増えるし。

会議が増える時期は仕方がないのかも知れないけれど。

「では会社でも、はるかさんと呼んでも差し障りはないと?」

「障りはあるわよ。社会人として」

アットホームな少人数の営業所ならともかく、来客も多い本社の人間が名前で呼びあっていたら問題でしょ。

「さすがに俺も、仲間内以外では呼びませんよ」

「どうだろ。葛西さんて空気読まないこと多いじゃない」

「読みますよ、大まかに気にしないだけで」


気にしろ。

思わず心の中で突っ込んで、苦笑した。

「つまり、わざとってことよね。それって」

「気がつかないこともありますが、わざとの時もあります」

「葛西さんって、馬鹿正直って言われたことない?」

「ありませんね。なに考えているか解らないとは、よく言われますので、話すように努力はしています」

「話すのに努力が必要?」

「その場合も多い。もともと口下手なんです」

言いながら、私のティーカップに紅茶を注いでくれる。

「それで、真剣な話とは? まさか呼び方について、真剣に話をしたいわけではないでしょう」

まさしく。気になったからつい聞いてしまったけど、そんなことは些細な事だ。
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