君を好きな理由
いつもの事ながら、お店の名前は見ることは出来なかったけれど、博哉の様子からここに来たかったらしい。

広々とした廊下の奥に、花瓶と呼ぶには大きな壺、そこに大胆に飾られた華麗な生花が見える。

金の額縁のに入った大きな抽象画。

壁際にはキラキラ間接照明。

足元はふかふか赤絨毯。

長いようで短い廊下の先から、ピシッと黒いスーツがよく似合う口髭の男性が近寄って来た。


……これは、見るからに高級そうな雰囲気だ。


「葛西様。お待ちしておりました」

一礼する仕草は恭しいけれど、決して嫌みではない。
ここら辺のさじ加減の絶妙さは、間違いなく高級店だわね。

口髭の黒服に先導されながら、また大きな扉を抜けると、一瞬めまいがした。

大きなホールは、外国の歴史小説に出てくるみたいな荘厳な洋館風。

天井にはきらびやかなシャンデリアがいくつも下がり、中央にはグランドピアノが鎮座して、ちゃんとドレスアップした女性ピアニストが、クラシカルな曲を奏でている。
ホールの両側には階段があって、二階席へと続いていた。

「生憎、空いているお席がこちらのみとなってしまいまして……」

「ああ。構いませんよ。こちらも急な予約でしたから」

でも、案内されたの席は決して悪い席じゃない。
入口にも近いけれど、中央のグランドピアノに近い席。

口髭紳士に椅子を引かれて席についた。


さすがに、ここまでグレードの高いお店には来たことがないわ。

口髭紳士がいなくなったところで、博哉を睨む。

「もう少し、庶民的なお店をチョイスしてくれても良かったのに」

私、当たり障りのない黒ワンピだけど、かなり仕事帰り丸出しの格好なんですけど。

「あまり店を知らないですし、仕方がないでしょう?」

「知らないはずないでしょうが」

「磯村にも聞いてみましたよ。食事デートならどこがいいかと」

ほう。磯村さんにお伺いをたてたのか。

「返答は?」

「高過ぎないレストランでそれなりの場所、との事でした」

「…………」

ここで“高過ぎないレストラン”だとすると“高いレストラン”はどこになるんだろうか。

「あまりお気になさらず。何にしましょうか?」

さばさばメニューに視線を落とすから、肩を竦めて首を振った。

「お任せするわ」

「おや。珍しい」

「知ったかぶりするほど馬鹿じゃないもの。でも、シーフードがいいわ」

「ロブスターも美味しいですが、舌平目のソテーがお勧めですかね。俺もワインはソムリエに任せましょう」

「あら。選ばないの?」

男の人って、こういう時は主導権握りたがるのに。

「日本酒党なので、料理に合うワインというのは解りません。付け焼き刃がバレます」

「あ。そうなの。じゃ、今度立ち飲みに行きましょうよ。日本酒に詳しい人知ってるわ」

「立ち飲みは噂には聞きますが、行ったことないですね」

メニューを閉じると、どこからともなく口髭紳士が近寄ってくる。

……対応を見てるだけでも、お店の人が博哉を上客だと認めているのが解るな。
本当こういう時つくづく……

注文を済ませた博哉と目が合うと、微かにムッとされた。

だけど、品よく口髭紳士が離れるのを待ってから口を開く。

「お坊っちゃんと言ったら怒りますからね?」

「嫌だと言われたから言わないけど、言われても仕方がないでしょう?」

「……すみませんね。今度、お店を開拓しますから」

「あら。どうせ開拓するなら一緒にしましょうよ」

「不味い店にあたるかもしれませんよ?」

「それもまた一興よね」
< 64 / 127 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop