君を好きな理由
店を出て振り返ると、コンクリート打ちっぱなしのビルに、ポツンと艶やかな木製の扉。

よく見ると、中央に小さくプレートがつけられていて、黒いプレートにはcachetteと金色の文字が見える。

「この外観で、あの内装は思い浮かばないわぁ」

「もともとは会員制のレストランなんですよ。今は予約さえ取れれば」

会員制とか……

「うわー……」

「……生まれが変えられないなら、利用するでしょう。たまにこだわりますね」

「付き合うなら気になるわよ。だってデートがこれなんだもん」

「じゃ、今度は屋台に行きましょう」

「そうしてよ。楽しかったけど、緊張しながらの食事は苦手」

「それだけではない気もしますが」

視線が合って、冷静な博哉の顔を眺める。

整った綺麗な顔。
柔和と言うには少し鋭いけれど、笑えば少年の様で可愛い。

仕事をしている時にはキリッとしているけど、普段はぽやんとしているのに……

今は何か考えているみたいに難しい顔をしているな。


「あの……」

「お願いがひとつあるの」

彼の言葉を遮って、眉を上げた顔に苦笑する。


「私ね、付き合うなら一番じゃないと許せないの」

「……それは、普通では?」

「うん。普通なんだけど……」


二番目でも大丈夫だろうと思う人もいるみたいだし。

「だから、二番目になりそうなら言ってね?」


言った瞬間に細められた視線。


それから深い溜め息をつかれて……


いきなり頭をグリグリされた。


「痛いっ!」

「馬鹿な事を言っていないで、帰りますよ」

「ぼ、暴力反対!」

「暴力にもなりません。躾です」

「博哉に躾られる筋合いないんだけど!」

「いやぁ……躾がいがありそうですけどねぇ?」

どこか愉しそうな博哉に、若干冷や汗が流れる。

「どSは磯村さんに任せておけばいいじゃない?」

「よくご存じで。まだ電車も動いてますから電車で帰りますか?」

「え。うん」

「それとも、俺の部屋に泊まりにきましょうか」

「……あ。えーと」

それはまた唐突な話では?

「じゃあ、そうしましょう」

手を引かれて、慌てる。

「ちょ……っ! 今、私は帰るって言った!」

「待つつもりでいましたが、やめにします。早急に俺のモノになってください」

「いきなり過ぎる! どうして旅行先でじゃなくて今なの!」

「どうしても今欲しいからです」

「あからさますぎる!」

「こんなこと隠しても仕方ないでしょうに」

「や。ここ道端だから、隠すのも日本の美徳だと思うのね?」

「大丈夫ですよ。俺も日本の美徳だとは思っています」

思うだけじゃダメだから!

「女には女の準備があるのよ!」

はたりと博哉は立ち止まり、振り返って首を傾げた。

「…………」

「…………」

「下着はどんなものでも気にしませんが」

思わず出てしまったパンチが、綺麗に博哉の鳩尾に入った。
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