君を好きな理由
とりあえず、今いる人たちの顔色を確認して、一人だけ幽霊みたいに儚げになっている女性を見付けた。

近づいて、首を傾げる。

「貴女、顔色悪いけど大丈夫?」

「は、大丈夫……です」

顔を見るなり視線をそらされた。

「うん。見るからに大丈夫じゃなさそうねー」

息は荒いけど顔は土気色だし、手は震えているし。

「ちょっとごめんね。触るよ」

彼女の手首を軽くつかんで、自分の腕時計の秒針を見る。

少し脈が早くて、顔色は悪いけど……熱もあるかな?

「んー。聴診器持ってくればよかった」

「あの……大丈夫なんですの?」

観月さんがそっと近づいてきて心配そうに彼女の顔を見てる。

「解らないから見てる。貴女、話は出来る?」

「出来ます……昨日から、少し風邪気味で……体調がおかしいだけです」

「それだけなら良いんだけどねぇ」

瞼を開けて少し見る。

真っ赤だなぁ。これは熱もかなり高いかな。

「咳は?」

「無いです。薬も飲んでいますし……」

「何の?」

「朝……頭が痛かったので、痛み止を……」

鎮痛剤か。血圧は下がるだろうけど。

白衣のポケットからペンライトを取り出して、口を開けてもらう。

「あらまぁ。こっちも真っ赤だわね。痛み止のせいで痛みも麻痺しちゃった感じか」

「大丈夫……ですから」

「ごめんねー。貴女を見逃しちゃったら、他の健康な人に悪いでしょ。強制連行させてもらうね」

ニッコリ微笑むと、観月さんと彼女がギョッとした。

「そこの男子。彼女抱えて医務室連れていくよ」

先程、花瓶を動かしてくれた男性社員に頼むと、彼女が果敢にも立ち上がった。

「ひ、一人で行けます。騒がないでください」

「ん。まぁ、騒ぎにはしたくないけどね」

ふらふらしている彼女を見かねて、男性社員が肩を貸す。

医務室に連れ帰って、ベッドに寝かせて体温測定。

案の定39度5分の高熱。

よく仕事に来たものだわね。

鎮痛剤には解熱効果も多少はあるから、麻痺したまんまで出勤してきたな。

こういう時は、設備が無いのがいたいかなぁ。
このまま診察しちゃった方が早いんだけども。

とりあえず、カーテンを引いて聴診器をつけると肺の音だけ確認。

うん。肺の音は綺麗かな。

「とりあえず、少し休んだら早退しなさいね」

「いえ。皆さんに迷惑が……」

「その体調で戻って、風邪を移したらもっと迷惑でしょうが」

「……でも」

「ここじゃ検査が出来ないけれど、これだけ熱があるなら、インフルエンザの疑いもあるわ。早退して、病院に行きなさい」

説得して、彼女を早退させたのが、11時過ぎの事だった。


まぁ、予定が変わるのはいつもの事だわね。

午後からはちゃんと回ろう。

考えながら、ポットにお湯を足す。

それから空気清浄器のスイッチをオンにして、加湿器もつける事にした。

ベッドメイクをして、溜め息をついたところでノックの音。

振り返ると、ドアから博哉が顔を覗かせていた。
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