君を好きな理由
「あら。早いのね」

「彼女の様子見がてら、昼に入ると出てきましたから」

その彼女がいないのを見て、博哉は溜め息をつきつつ入ってくる。

「早退しましたか?」

「させました。貴方でも彼女の様子に気がつかなかったの?」

あんな分かりやすい顔色の人を、博哉が気づかないとも思えないんだけど。

「会議に行く前に、医務室に行くように申し伝えましたが……」

「うーん……」

主任の博哉に言われても来なかったか。

「その事で、観月さんに謝罪されました。彼女が医務室に行かなかったのは、自分達の妙な仲間意識のせいだったと」

……葛西ファンクラブか。

「こうなると、弊害がありまくりだわね」

「……これからは大丈夫じゃないでしょうか。秘書課が野戦病院の様だったと、興奮したおももちで言われましたよ」

「え。そこまで激しくなかったわよ」

博哉は診察椅子に座りながら、私の隣に座って微かに苦笑する。

「はるかのお陰で、少しづつ色々と変わっていくようです」

「良いことなのかしら。解らないけど……」

「変化は良いこともあり、悪いこともありですよ。俺としては、普通に会話が出来るようになりましたから、いい変化ですね」

「ふぅん……」

いい方に向かったなら良いんだけどね。

月日は人も変えるしね。

華子が良い方向に向かえたように、私も良い方向に向かえるかしら。

でも、少なからず前の男を引きずっている調子ならダメかな。

まだ、ダメなのか、いつまでもダメなのか……

優しい人ではあったのよ。

とても、優しい人。

優しくて……とても残酷な人。


「はるか?」

「はい?」

振り向いたら、口に何かを突っ込まれた。

「ふぐ……っ!?」

「林檎のコンポートです。昨日もんもんとしながら作りましたから、甘いでしょう?」

もんもんて……あんた……

「…………」

ニッコリ微笑んでいるけど、なんだか恐い笑顔だわ。

何だろう。何か不適と言うか……

「ちなみに今、全く俺の事、眼中に無かったでしょう」

口を押さえ、甘くて柔らかい林檎を咀嚼しながら視線をそらす。

まぁ……

「許せませんね。隣にいるのに」

「……本当に独占的なのね」

「言いましたよね? ちゃんと」

聞いたけども。

聞いたんだけどさぁ。

「……なら、付き合うの無理じゃないの? 私、最初に言ったよね。勉強したいって」

「相手が本や教材ならば、共有も許容範囲です。お互いに仕事もある身ですから、仕事に専念するのも仕方ありませんし、はるかの希望をはなから押し潰す事はしません」

「はぁ……」

「しかし今、誰か別の人の事を考えていたでしょう」

「…………」

「それは許せません」


……この笑顔で爽やかで、独占的な男をどう扱おうか。
< 73 / 127 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop