君を好きな理由
「……案外、楽しいものですよね。自分が作ったものを、人に召し上がっていただくのは」

そう言いながら、いそいそと取り出したのは三段お重。

三段て……

「……どれだけ早起きしたの」

「男には男の事情があるんです」

さらりと言ってきたけど、昨日の事を根に持っている?


……だって、仕方がないじゃない。

気持ちが乗らないまま、抱かれたくないし。
きっと、抱きたくもないでしょう?
独占欲が強いなら、尚更だと思うのよね。

だから、

「どうぞ」

そう言って渡されたのは、混ぜ込まれた高菜のおにぎりで……

「陰険……?」

「そういう訳じゃないです」

「高菜は好きだけど、何もリベンジしなくてもいいじゃない」

「好きなんだと思ったから作っただけで、リベンジのつもりはありません」

「本当に?」

「そこは信用して下さらないと。いじめるつもりなら、もっと徹底的にいじめます」

その断言はどうだろうな。

思っていたら、華子が大きく溜め息をついた。

「葛西さん。それじゃ駄目だわ」

「……弁当を作るのが?」

「違うわ。私は人の事を言えないけれど、水瀬は勝手に自分なりに考える人よ。それから悩まないで勝手に結論だしちゃうわよ。自分の事なら特に相談しないんだから」

そんなことはないわ。

「私は相談しないって訳じゃないわよ」

「すでに決めちゃってる事を言ってきて、たまに論破されて正すのは相談って言わないの」

「……えー」

「それは解ります」

博哉が華子に頷いて、それからチラッとだけ私を見ると苦笑した。

「今の状態は、僕がはるかを論破できたから、折れてくれた結果だとは気づいていますから」

「なら努力しないと。水瀬はこういう人だから解りにくいけど、普段は人は平等の人間なのよ」

それはそうよ。

医者だもの。
いろんな人がいるし、いて当然なんだし……
それを分け隔てて対応する訳にもいかないじゃない?

お茶を入れながら唇を尖らせると、博哉が何かに気がついたように眉を上げた。


「そういう事ですか」

「何がよ」

「貴女は律儀ですね」

「意味が不明よ」

「今はやめておきます。とりあえず……」

デスクの上にお重を並べて、博哉は箸を渡してくれた。

「食べてください。貴女は少し少食過ぎる」

「そんなことはないわよ。食べる時は食べるし」

でもさ。

「普通の人の半分じゃないですか」

「もう少し食べてるわよ」

ほんの少しは。

「医師の仕事は激務でしょうが。食べないと持ちませんよ」

ああもう!

「うるっさいな。ダイエットしてんのよ! 29歳にもなって新しい彼氏が出来たら気になるのよ! だいたい旅行先で私を甘やかすから、3キロも太っちゃったのよ! でも貴方といる時は食べてるでしょうが!」

キレたら、博哉がポカンとして、

「今のは葛西さんが悪い」

「女心ってやつか? 太ったようにもみえねぇけど」

華子と磯村さんの言葉に頷く。

「見えるところに肉がつくのは若いうちよ」

お腹がプニプニとか、二の腕がプニプニ……

考えていたら、いきなり抱き抱えられた。
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