君を好きな理由
……えーと。

博哉は何をしたいのかしら。

ギュッと抱き締めてきた手が、今度は少し腰の辺りを彷徨う。

……あのね。

「なぐっていい?」

「遠慮します」

抱き寄せられて、頭に頬擦りされる。

さすがにこれは……

「いい加減にしなさい! 何を考えているの何を! 人前で」

「人前じゃないと、押し倒すだけじゃないですか」

「論点が違う」

ベリッと引き剥がすと、ニッコリ微笑まれた。

「なかなかの抱き心地です」

「抱き心地とか言うなー!」

「……では、柔らかさ?」

「エロ親父かあんたは!」

「普通の健康な男です」

普通の健康な女は脱力しそうですよ。

「彼氏でもセクハラになりますか?」

「なるわけないでしょうが。享受した段階でセクハラには……」

と、考えて、そういや、最近はセクハラ親父が来なくなった事にも気がついた。
飛ばされたとは聞かないし、あのしつこい親父が……


「あんた。広報に知り合いいる?」

「唐突ですね。知り合いと呼べる人間はいませんが、よく出入りしていた人物であれば存じていますよ」


今、過去形で言ったよね。

よく“出入りしていた”人物が、急に来なくなった理由について、聞けば答えてくれるかもしれない。


けど、やめておこう。


椅子に座って、お箸を持つと、お重に向かって頭を下げた。

「いただきます」

「はい。どうぞ」

豪華なお弁当を食べながら、ニコニコしている博哉を眺める。

「一人じゃ食べられないわよ」

「え。食べさせて欲しいんですか?」

「違う! 量的に一人じゃ食べられないわよ!」

「解ってますよ。ご一緒します」

「そうして」

「お前ら……いいコンビだな」

呆れたように磯村さんに言われて、苦笑する。

私もそう思わないでもないけど、いいコンビが、必ずしも恋人として良いのかは別問題よね。


「そう言えば、今夜はどのような用事なんですか?」

「ん?」

「今日は用事があるとか、言ってませんでしたか?」

「ああ。医師会。数ヶ月に1度は顔を出さないとならないのよね」

「終わりが20時くらいでしたら、迎えにあがります」

「え。悪いわよ。そっちも疲れるでしょ」

「大丈夫です。ついでに泊まる用意をしていってもいいですか?」

「……明日も仕事だから嫌」

「では、泊まりは明日に回します」

「泊まる気満々ね」

「つーか、目の前でいちゃつかれると、案外困るもんだな」

顔を赤らめている華子に、盛大に苦笑している磯村さん。

いるのは知ってるわよ。

「大丈夫よ。ここ、防音もしっかりしているから」

「おー……なら、俺ら消えてやろうか?」

「真っ昼間から何を考えてるの! あんたたち男どもは!」

「俺はここでなんて考えてませんよ」

「博哉も同罪!」

叫ぶと、少し残念そうな顔をされた。
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