君を好きな理由
「焼き鳥は明日ですよね」

「その次は立呑屋ね」

「……俺、行ってみたい店があります」

「うん。どこどこ?」

「ラーメン屋」

「…………」

それは男同士でいきなさいよ。

まぁ、嫌いじゃないけどね。

「磯村さん達と行ったことないの?」

「山本の家の近くに、旨い定食屋がありまして。入り浸りでしたから」

「そういうお店って良いわよね~。私は学食生活だったなぁ」

腰を支えられて車に誘導されながら、何となく博哉を見上げると、不思議そうな視線を返された。

「大学から独り暮らしされてましたか?」

「うん。家じゃ落ち着かなかったし」

「……どのような家族なんです?」

「ごく普通のサラリーマンの家よ。父と母と、弟が一人」

「弟さんがいますか」

「うん。そう言えば、会社の中での博哉の家族構成は知ってるけど、実は知らないわね」

「兄がいます」

「お兄さん?」

あれ。初耳。

「今はアメリカにいます。来年戻る予定なので、俺は社長業は継ぎません」

「そうなんだ? 跡継ぎになりたくないの?」

「俺は社長業には向いてませんよ。決定力に欠けますから」

助手席を開けてくれて、乗るように促されたけど、どことなく自嘲気味なその言葉に首を傾げる。

「決定するだけが社長の仕事じゃないでしょう。まとめたり、動かす事も必要じゃない?」

「観月さん達を上手く扱えない段階でダメでしょう」

「あははは。あれはしょうがないわよ。観月さんがまともに貴方の言葉を聞ける態勢にないんだから。こういう時には、第三者を入れるのが一番」

助手席に乗り込んで、シートベルトを着けていると、運転席を開けた博哉がしみじみと私を見ていた。

「……もしかして、慰められてます?」

「慰めに聞こえた?」

運転席に乗り込み、シートベルトをつけ、博哉は難しい顔をする。

「はるかを利用したつもりは無いのですが」

「それは人徳って奴でしょ。嫌なことは嫌って、誰かに言えるだけ良いじゃないの」

「そうでしょうか?」

そうだと思うけど。

「例えば、貴方も薄々気がついているみたいだからアレだけど、華子は事細かに潔癖について教えてくれてる訳じゃないわ」

「……伊原さん。やはりそちら系でしたか」

「うん。あの子が私に言ったのは“触れない”と“触ったら汚れる”って事よ」

「触ったら汚れる?」

「触ったらばい菌が増えるんですって。もちろん目に見える訳じゃないだろうけど、だから触りたくないし触れない。本人が嫌がることを平気でする人に腹が立つから、私は暴れる」

「暴れたんですか……」

「小さな頃はね。だけど別に華子が助けてって言った訳じゃないわ。私が許せなかっただけ」

だから、恐がられていたなぁ。
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