君を好きな理由
「やっほー。夏目さん元気?」

元気よく暖簾を上げて、顔を覗かせる。

「おー。はるちゃん久しぶりだな」

「うん。久しぶり」

木の椅子に座り、キョロキョロしている博哉を座らせると、夏目さんはしわくちゃの顔を、ますますしわくちゃにしてにんまりと笑った。

「なんだ、男が出来たか」

「うん。私の男。博哉……こちら夏目さん。夏場はラーメン。冬はおでん屋台になるの」

博哉と夏目さんが挨拶しあって、

「冬はラーメンもおでんも両方やってるよ」

夏目さんが厳しい顔をして私を見た。

「ラーメンよりおでんの方が絶対に美味しいもの」

「ま。ありがたいけどな。兄ちゃんは酒は飲める口かい?」

「はい。あ、いや、今日は車なので」

「そりゃ残念だ。今度はアッシーじゃない時においで」

「はい」

博哉はにこやかにそう言って、私を見た。

「はるかの知っている店は、親しみのあるお店が多いですか?」

「まぁ、女一人で飲みに行くと、色んな人に声かけられるから。特にこういう感じのお店は」

「今まで一人飲みばかりでした?」

「そこそこ綺麗なお店なら、華子を誘えたんだけどね」

「ああ……なるほど」

呟いて博哉は回りを見回した。

「ですが、冬は寒そうです」

「冬はビニール張るんだよ。保健所がかなりうるさいけどなぁ」

夏目さんが答えて、首を傾げる。

「ラーメンなら、醤油と塩と味噌があるが。何にする?」

「では味噌で」

「私は塩」

それぞれ注文して、わくわくし始めた博哉を眺めた。


……やっぱり、こういう屋台には来たことなかったのかな。
まぁ、屋台のお店自体も減っているしね。

「楽しい?」

「はい。相談役が好きそうな感じですね」

「顧問はダメー。コレステロール値が高いし、血圧も高いんだから」

「……伝えておきます」

「さんざん言ってるわよ。言ってるけど聞かないのがあの人よね。まぁ、他人なんだし、目の前のものを取り上げる訳にいかないし」

「いっそ身内になって、小言を繰り返せばいいじゃないですか」

「そうね。身内ならガミガミ言っても……」


……身内?


お冷やを出しそびれて、目を丸くしている夏目さん。

静かに微笑みを浮かべている博哉。

頭の上に暖簾がハタハタしているのを眺めながら、とりあえず考える。


えー……と。

今、何を言われたかな?


「顧問の養子にはいるとか?」

「相談役には子供も孫も、曾孫も生まれる予定もあります。今更養子は大変でしょう」

「じゃ、えーと。社長の養子になるとか?」

「どうして俺と兄弟にならなければいけないんですか」

「だって、まだ付き合い始めたばかりでしょうが!」

「ええ。ですから、頭の片隅にでも置いておいて下さい」


あのねぇ……


口をパクパクしていたら、夏目さんが困ったように私たちの前にお冷やを置いた。

「こんな店って……テメェで言うのもなんだけどよ。いくらなんでも、屋台でプロポーズはねぇだろう」

「今のは不自然でしたか?」

「そりゃ兄ちゃん。俺だって母ちゃんに結婚申し込む時にゃ、一張羅を着て、雰囲気のいいレストランで指輪を渡したもんだよ」

「次回、考慮します」

次回があるの?

不思議そうな顔をしたらしい。
博哉は頷いて微笑んだ。

「さすがに、一度で頷いてくれるとは思ってませんよ」

いや。回数の問題じゃない。

「貴方には常識がない」

「無いわけが無いでしょう。一般常識はありますよ」

確かに無かったら仕事に困るだろうけどさ。

「一般常識のある人から“とりあえず”付き合い始めたばかりの人間に、身内になれとかそういう発言が飛び出すとは思えない」

「タイミングの問題です」

「今のどこにどのように、そんなタイミングがあったのよ」

「運良く身内の話になりましたので」

いや。さっきも身内の話があったよね?

間違いなく、もっと近しい身内の話をしたよね?


解らん。

まったく解らない。
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