君を好きな理由
ガチャリと音がして鍵を開けると、ドアを開いてそっと私の腰を押す。

この間は気づかなかったけれど、博哉の部屋はどことなく紙の匂いがする。

明るくなった短い廊下を抜けて部屋に通され、それから電気をつけてもらって瞬きをした。

床に積み上げられたハードカバーや文庫の山。

あれはたぶん雑誌や新聞もある。

記憶にある博哉の部屋より、雑多に何やら……
増えたし、散乱してるし。


本当に片付け下手だな。


どこかのずぼらな教授の準備室みたいだ。

「ますます書斎になったわねー」

「夜がとても長いもので」

一瞬だけ合わさった視線が外される。

またまた、いろんなモノを含めて来たわね?

「はいはい」

「だから、はるかの部屋に泊まりでいいと思った訳ですが」

「こんなところカッコつけても仕方がないでしょ。それより、いつか床が抜けるわよ」

「書斎を持ちたいですね」

「引っ越しすれば?」

「立地がいいんです。この辺りの物件でこれ以上の広さになりますと、さすがに身の丈を越えます」

なるほど。
会社から、歩いて帰れる距離は魅力的だわね。

「秘書課も大変ねぇ」

「まぁ、多少不便になっても広い場所を……と、考えない事もないですが、そこまで思いきるなら、何かきっかけでもありませんと」

「…………」

じっと見つめられても困るけど。

「勝手に片付けるわよー」

「……手伝います」

「手伝わなかったら蹴るわよ」

言いながら片付け始め、床に錯乱した本は本棚には入りきらないので、やっぱり床の上。

それでもとりあえずは、歩くのに苦労はしなくて良くなった。


「……まさか夜に、人様の部屋を片付ける事になるとは思わなかった」

「すみません」

「すみませんより、ありがとうの方が嬉しいな」

博哉が頷いて、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「飲みますか?」

「飲むの?」

「ええ。酔ってください」

はい?

「酔っぱらえと?」

「はい。真面目な話をしようと思ってます」

「や。酔って真面目な話は成立しないと思うの」

何を言っているんだ、貴方は。

それでも缶ビールにコップ、それから何を思ったのか酢昆布を出してきた。

「……どうして酢昆布?」

「……ダイエットされていると聞いたので」

「そういう事は、お酒を出しながら言うことじゃないから」

溜め息をついて、それからソファーに座る。

「それで、真面目な話ってなぁに?」

博哉はビールを開け、それをコップに注いでから難しい顔をした。

「俺は口下手ですから……」

「うん。聞いたね」

「なので、単刀直入に聞きますが」

「うん?」

なになに?

「はるかを傷つけたのは、どこぞの“坊っちゃん”でしたか?」


単刀直入過ぎるぞ、博哉君。
< 87 / 127 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop