君を好きな理由
「どうしてそう思うの?」

「俺は貴女を見ていると言ったでしょう?」

そりゃ、聞いたけれど。

「何か、変な素振りでもした?」

思い当たるのは、博哉に連れていってもらったレストランくらいだけど、その時だって博哉は普通にしていたよね?

逆に、博哉の方が挙動不審だったと思うんだけど。


「伊原さんが教えてくれたじゃありませんか」

「華子? 華子が何を……」

あの子がワザワザ噂になるような事をするとは思えないから、華子と博哉が話すとすると、恐らくは医務室での事になるだろうけど……

あの子、何か変な事を言ったかしら。


「貴女は人を別け隔てなく見る人とだと思います。俺の印象でもそうですし、実際に何かがない限り、俺をそう言った意味合いで一線を引くことはありませんでした」

「…………」

「ですが“付き合い始めてから”明らかに、常時一線を引かれています」


なんて言うか……


空気読まないくせに鋭いな。


「……えーと」

「以前、俺が昔の事を聞きたくないと申し上げたのもネックになったのでしょうが……これからを思うと、避けていてはいけない気がしますし」

「や。聞きたくないものを聞く必要もないと思うんだけど」

博哉は首を振り、私の目の前にビールを置いてから向かい側に座った。


「逃げて解決する事は、実は少ないんですよ」

「時間が解決しない?」

「やり過ごせるのであればそうしてます。はるかにとっても、俺にとっても、愉快な話では無いでしょうし」


ああ、もう。


本当にじっくり待つ人だな。この人は。


「本当に不愉快な話なんだけど。傷口に塩塗り込むつもり?」

「膿が溜まっているのなら、出さないと治りは遅いですよね」

そんなことは解りきっている。

でも、どうなのかな。

一線を引くなんて、他人と接する以上は仕方が無いことだと思うんだけど。

誰もが誰も、自分に真っ正直に生きている訳じゃないし、生きてきた結果が必ずしも良い方向に向かうとも思えない。

実際に、我が儘であったから、まわりが見えなくなっていたんだし。


まぁ……でも、聞きたいと言うなら、別に言っても構わない。

このぬるま湯みたいな関係も、とても心地良いけれど。

心地いいだけで、先なんて見えないのは確かだし。
二の足を踏んでいるのも間違いないから。

「そうねぇ。何から話すべきかしらねぇ」

置かれたビール。

それを眺めて首を傾げる。

2年……は、まだ微妙に経っていないけれど、

「前の彼が九条宣隆だと言えば、話は通じる?」
< 88 / 127 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop