君を好きな理由
博哉は目を丸くして、それからゆっくり瞬きした。

うん。

まぁ、アレだけ毛嫌いしていたら、名前を聞いただけでも解るよね。

好きと嫌いは、感情の裏表だ。

好きならもちろん構いたいし、好きだから解る……と言うか、理解しようと努力する。

嫌いなら構わなければ良いけれど、嫌いだからこそ、些細な事に目が行って気がついたりしちゃったりもする。


……解りやすくて複雑な感情。


「一つ、お聞きしても?」

「うん?」

「九条家の長男は、去年結婚しましたよね」


やっぱりご存じよねぇ。


広いようで狭い世の中だし。


「うん。お見合いしたそうよ。お母様の遠縁の娘さんだって、最後のデートの時に聞いたわ」

「……聞いたんですか?」

まぁ。

「本人が言っていたわ。母の遠縁のお嬢さんで断れなかったって。春になったら結納をするって」

「本人から?」

「そう。本人から」

博哉の顔が、驚きを通り越して呆れたものになっていく。

うん。

呆れるよねぇ。


「困るわよね。2年つきあって、クリスマスを一緒に過ごして……その数日後の大晦日に、そんな驚くような事を言うんだもん」


「あの……」


とても言い難そうに、博哉が眉を困らせている。


「はい?」


「俺も常々常識が無いと言われますが、正気ですか?」


「実際にあった話だし」


あったことを無かった事には出来ないわね。

忘れる、と言う行為は、時間のかかる事だろうし……

いや。忘れようと思う段階で、忘れられないのは確定しているけれど。


「私も救急病院にいたし、時間が無かった事は認める。デートしていても呼び出されれば病院に行ったし……」

「それとこれとは違うでしょう」

「見ての通り、家事はからっきしダメだし、呑むし、態度大きいし」

「片付けはうまいじゃありませんか」

まわりを見てそう言うけれど、

「それとこれとは別問題だったみたいよ。現に一度会っただけの九条の母親からは何も出来ない女扱いだったし、父親からは男の仕事にでしゃばっている小娘扱いだったし……宣隆からは、結婚しない女だと思われていたし?」

溜め息をついてから、足を組んだ。

「だけど、好きだから別れたくないなんて言われたら、私はどうすればよかったのかしらね?」


しばらく沈黙が落ちて、それから博哉は頭を抱えた。

抱えて、微かに眉を寄せた。


「……はるか」

「うん?」

「二股以前の問題じゃありません?」


ああ、解った?


「そうなの。全くあんなに正々堂々とそんな事を言ってくるから、さすがの私もビックリよ」

「ビックリどころじゃないでしょう。怒って当たり前の所業でしょう」

「怒ったわよ。怒って喧嘩別れしたって言ったでしょう?」
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