君を好きな理由
「父親の会社にいるのは同じですが、俺は秘書課で働いていますし、彼はマーケティング部の部長のはずですが、会社にいるのを一度も見たことがありません」

「アイツの会社に行ったの?」

「一昨年まで少なからず取引がありましたし、あの会社は敷居が高すぎて専務が商談に行っていました」

「……へぇ」

うちって中小企業でもないのに、専務が商談ってあり得ないでしょ。

それって……


「どんだけ高慢なのよ、あのじじぃ」

「お気持ち察しますが、口が悪すぎます。まぁ、業績悪化でうちは早々に手を引きましたが……マンションの家賃や光熱費にしても、俺は自分で払ってますからね?」

「……へぇ」

まさか30過ぎの男が、親の脛をかじっているとは思いたくないけれど……

思いたくないけれど、この口ぶりから察するに、アイツはそうだったわけ?


それは親に頭が上がらないはずだ。


「詳しいのね」

「そういう事をワザワザ耳に入れてくるような人は多いんですよ。俺個人にではありませんが、社長と行動を共にすると……噂好きはどこにでもいますから」

「そこがもうすでに別世界よね」

しみじみ呟くと、ソファーに寄りかかって溜め息。


解っているわよ。
あの人と貴方は違うって。

違うけれども同じで、同じだけれど全く違うって。

だけど、実際はまだ知らない者同士の付き合いだし。

踏み込むには、材料が足りない。

そもそも自分の事なのに、迷うなんて最悪よ。

人の事ならよく見えるし、客観的な判断なら出来るけど。
自分の……恋愛に対する判断なんか全く信用できない。

立ち止まるのはバカな事なんて解っているわよ。
解っているけど。


「とりあえず、思うんですが」

「うん?」

「はるかはたまに、泣いた方がいいと思いますが」

苦笑混じりに言われて瞬きした。

「私が?」

「少なからず、お付き合いしていたなら……貴女は彼の事が好きだったんでしょう?」

「まぁ……」

好きだった。

もう20代の後半。忙しくはあったけれど、いつまでも体力が続かないのは解っていた。

もう少ししたら落ち着いて、ちゃんとしようと思っていた。

思っていたから、よけいに……


「引かないわねー」

「引いたら敗けでしょう」

「や。勝ち負けなの? これって」

「そうですね。恐らくは違うのでしょうが、俺が引いたら、はるかは勝手に結論をつけてしまい込むだけでしょうし」
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