君を好きな理由
でも、こんなやり取り。


とっても良いかもしれない。


会話から喧嘩に発展するのが多かったし、そうじゃなければ鵜呑みにされていたし、それどころか唯々諾々と承知されていたし、考えたら雲泥の差だよね。

「何だか新鮮だなぁ」

「何がですか?」

ちらっと視線があって、苦笑する。

「私って偉そうな口調でしょう?」

「はい」

……素直ですね。

そこは思っていても、頷かないで欲しいところですけど。

「えーと、だから、それで喧嘩になることも多かったから、会話もあまり成立しにくかったのよね」

「会話が成り立たないのは、困りますね」

そうね。

そうだと思う。

会話が成り立たないイコール、お互いの事が理解できないに発展しやすいし、理解できないイコール、すれ違いに発展しやすいな。


「……そっか」

「何に納得されましたか?」

あ。いや……

「博哉って、ちゃんと私の言葉を受け止めてから返事するよね」

見下ろされて、見上げる。

「……当たり前でしょう」

当たり前なのか。

「どんなに口が悪くて偉そうでも、はるかの言動の根本にあるのは、相手に対する思いやりですから」

……んん?


「例えそれが“ぶら下がってる”等と言う、衝撃的な言葉だったとしても」

「それ、まだ言う?」

「忘れられませんよねー」

「そこは忘れしょうよ。と言うか、忘れなさいよ」

「嫌です」

「どうしてよ」

「きっかけだからですよ」


……きっかけ?

何のきっかけよ。イライラ口調の暴言が、何のきっかけになり得ると言うのよ。

どんな……


「あの時の俺は、苛ついていましたからね。優しい言葉をかけられたとしても無視したでしょうし、ある意味で効果的でした」

……まぁ、目が痛かったり痒かったりすると、かきむしる訳にいかないからイライラするよね。

「……俺も新鮮でしたね。人として心配してもらえて」

「それはどういう定義よ」

「確かに俺は次男坊で、さほど贔屓はされませんが、全くないと言う訳でもないんです」

「色んな人がいるしねぇ」

「新入社員の頃、階段から落ちた事がありまして」

「え。階段から?」

大丈夫だったの?

「はい。たまたま階段を使っていたら、目の前いた女性が倒れてきまして……助けようとして、ドジを踏んだんですが」

「ああ。二次災害になっちゃったのね」

「たまたまそれを見ていた人間が、意識のない女性を放って置いて俺の心配ばかりしてきて……社長に知らせなくてはいけません、などと言われて、さすがに愕然としました」

「…………」

それはそれは……

ヘビーな体験でしたね。

「重役の方たちは可愛がってはくれますが、そういう意味では普通なのであそこにいたわけなんですが」

「ふーん。それで、女の人は無事だったの?」

「多少の打ち身があったようですが、今もピンピンしてます」

「それは何よりね」

「それ以来、例え健康の為でも、階段は使わないそうで」

「博哉は? 大丈夫だったの?」

「かすり傷でした。俺は階段の上からではなく、2段めから落ちただけなので」

「あはは。それも何よりだわ」

言いながら、するりと博哉の腕に腕を絡ませると、眼鏡越しに目を丸くするのが見えた。

「どうしました急に」

「何となくよ、何となく」

引き離すと言う訳でもなく、微かに首を傾げるだけで博哉は笑うと、そのまま並んで歩き始めた。
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