マサユメ~GoodNightBaby~
初犯とされる足立区での事件発生から実に7か月と1週。

半年以上も世間を恐怖に陥れた犯人が自主をしたのだ。これまで捜査線上をことごとく掻い潜っていた犯人のにわかには信じられない行動に捜査関係者も困惑した。自主をした人物は重要参考人としての立場ではあったが、危険性も鑑みて緊急逮捕となった。

犯人を自称する人物は夜10時過ぎに警視庁を訪れた。受付にて「自分が高校生バラバラ殺人事件の犯人です」 と言ったという。その人物の深く暗い瞳に、当時受付をしていた女性は命の危険を感じたと語っている。

ひどく動揺した内線を受けて駆けつけた捜査員は目を疑った。涙ながらに呼びつけた受付嬢の目の前に件の人物はひっそりと佇んでいた。その妖艶な雰囲気は少年とも少女とも断定し難く、関係者は無論性別を知りえるわけではあるが「その人」 と容疑者を呼称した。

そこにいたのはまだ年端もいかぬ人物だったのだ。まるで近所のコンビニにでもふらっと出かけているかのような軽い服装で、凶器などはおろかバッグや財布などの所持品すらなかったと記録に記されている。

その人は捜査員の姿を見ても動揺することもなく、表情一つ動かすことはなかったという。「それはまるで妖怪か何かを見ているかのような現実感のなさだった」 と駆け付けた捜査員の同僚は聞いていた。

駆け付けた捜査員は半信半疑のままにその人の事情聴取を行うことになった。取調室へと移動する時も、椅子に座り調書が始まってからも、やはり変化は見られなかった。

事情聴取と並行して駆け足でその人の過去の犯罪履歴や、高校生活での問題がないかについて調べたが前科はなく、それどころか軽犯罪はおろか補導の経験すらなかった。

身辺調査をするものの、その人には両親はなく親戚ともほとんど絶縁状態で一人暮らしをしており、また高校生活も真っ当に過ごしており素行についても何の問題もなかったと担任の教師は語ったという。

犯罪履歴や身辺調査からは何の情報も得ることができなかったものの、反して事情聴取は不気味なほどにスムーズに進んでいった。

供述には一貫して整合性があり、報道されていない犯行現場の機密情報等も知っていたことから今回の一連の事件に関与していたことが断定された。

しかし、容疑者立ち会いの下に実況見分を幾度か行うも、その人が殺害現場に足を運んだ証拠が見つからなかった。

更に捜査員の頭を抱え込ませたのは、どういうことかその人は聴取の中では機密情報である現場の状況を的確に答えることができていたのに、現場への行き方については知らないと話した。

また被害者との接点ははほとんど見られず、顔は知っていても名前を知る者は一人として居なかったのだった。

「名前も知らぬ被害者の顔を君はなぜ知っているのか?」 そう問うた捜査員に対してその人は「夢の中でその人を殺した、その時に顔を見た」 と淡々と答えたのだと言う。

夢の中で人を殺すことなどあり得ない。当然の見解の下、その人は錯乱状態にあると疑われ警察は起訴前であるにも関わらず精神鑑定を行うことを決定した。そして昨日。

専門家による精神鑑定の結果、応答は明瞭で淀みがなく正常。しかし夢による啓示に対する異常な固着が見られるため精神疾患を患っている可能性が高い。とし、刑事責任能力についてはないと診断された。

それに加えて事件としても証拠不十分である為に立件するには難しく、警察は事件の重要参考人でもあり自主をしてきたその人を、一度は緊急逮捕に至ったが誤認逮捕として釈放をせざるを得なかったのだ。

緊急逮捕の一報から束の間、再び殺人鬼が野に放たれる恐怖に、世間の不安や怒りの矛先は自然と警察へと向いた。

警視庁の眼前での抗議デモも行われたが、その人は要人並みの厳重な警護の下で釈放されたのだった。


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