マサユメ~GoodNightBaby~
「え?なにこれ封鎖してる?」
黄色いテープのバリケードの前で警察官が1人立っていた。近隣住民だろう腰の折れた老婆がその警察官に話を聞いていた。
「真緒!榎本さん家は?榎本さん家はどれだ!?」
予想はもうついていた。明らかに他の家と違う場所があったのだ。だけど、それは違う家の違う事情があって、たまたま榎本さんの家の近くで何かがあったんだ。オレがあの夢を見た翌日に、たまたま。
「あずきちゃん家は……」
そんな分かりきった勘違いは脆くも崩れ去る。真緒の手は震えていた。隣でオレの背を支えてくれている良太も、きっと結末は分かっていた。だから支えるその手はとても強かったんだ。
「……あそこ」
「っつ」
バリケードのその先。鮮やかなピンクの外壁の奥。この地域にしては少し小さめの敷地にある1階建てのモダンな家。
その家の軒先で、警察官や鑑識官がブルーシートで覆い尽くした玄関であろう場所から慌ただしく行き来していた。
「えっ、あずきちゃんの家なんで?どうして?」
「くそっ!!」
オレは良太の手を払い除け、目の前の警察官に噛み付くように問いただす。
「事件ですよね。榎本さんの家、娘さんですか?」
「なんで知って……いや、事件については慎重に捜査を進めています。その制服は、この近くの学校の物だったよね。遅刻しないように登校しなさい」
オレは警察官の目を真っ直ぐに見つめる。向こうも目をそらすことはなかった。これ以上に問い詰めてもこの人は何も話してはくれないことが理解出来た。
「リアム君、警察の人なんて?」
戻ってきたオレに真緒が怖々と聞いてきた。オレはもう一度振り返り、慌ただしく人が出入りする様子を見た。
そして、昨日の夢が鮮明に浮かび上がって胃の中が逆流していくのを感じた。
「うっ……」
「リム助!?大丈夫か!」
「ごめっ、ちょっと」
駆け寄る良太を制止して、オレは1番近くの電柱へと走った。すぐさま逆流した吐瀉物が電柱の足元を濡らした。
「リアム君?」
「おいリム助、大丈夫か!」
ダメだ。むせ返る血の匂いに吐き気がする。顔を覆い尽くす手のひらに鮮明に残る感触に背筋が凍り、全身から嫌な汗が広がった。
自分の口から這い出た悪臭を漂わせるそれはまるで、夜な夜な自分を乗っ取る悪意の様で。アスファルトの細かい凹凸の間を走りながら広がるのが、たまらなく怖かったんだ。