マサユメ~GoodNightBaby~
朝から公衆の面前で嘔吐する高校生。情けない。

「ちょっとアンタ大丈夫かいね?今、水持ってきてやるから」

さっきまで警察官と話をしていたおばあさんが、歩み寄ってそう言ってくれた。

「すみません。ご迷惑ついでに掃除用にバケツとかもお借りできますか?」
「ああ、いいよ。お兄さんもおいで」

良太は考えるよりも先に動いている様な行動力だった。立つこともままならない悪寒と継続する強い吐き気にオレは塀に身体を預けて座り込んでいる。目の前には真緒が心配そうにしていて、オレを気遣って見たり良太達を手伝いたいのだろうあたふたしている様子が目下の影でも分かった。

まだ榎本さんが死んだとは限らない。それは分かってはいるのだけれど、どうしても消すことができない生々しい感覚がそれをさせてはくれない。それに昨日は湊が確かに死んでいた。

オレがあんな夢を見たせいで、湊は死んだ。たった17年間の命。こうしてオレなんかのことを本気で心配している目の前の女の子に恋をして、その気持ちを伝えることもできずに死んでしまった。違う・・・・・・どう考えても、湊は自殺なんかじゃない。

そうだよ。どんなに湊のことを憐れんでみたって、罪滅ぼしにもなりやしない。目を背けるべきではないのだ。湊は自殺なんかじゃない、オレが・・・・・・

殺した。

「ほれアンタ。口ゆすいで、少しでも水飲みな」

使い古されている湯呑に恐らくは水道水が注がれていた。おばあさんは折れた腰のせいで屈んでオレに話しかけているように見える。しわくちゃな手。

「ありがとう・・・・・・ございます」

オレはその少しかさついた手から湯呑を受け取った。

「ほれ、ここにうがいして吐きな」

そう言っておばあさんは丼じゃわんを差し出してくれた。

「いや、これ使ってるでしょ?」
「構わないよ、これしかなかったんだ。ほれ」

どう考えても使っている丼じゃわんに、吐いた後の口をゆすいだモノを吐き出すのはおかしいのだけれど。ただ純粋な優しさなのが、からからに乾いた土に水をやるように染み渡ったきがしたから。受け取った湯呑から少し水を口に含んで、ゆすいだ水をそのおばあさんが食事をするには大きい丼じゃわんに吐き出した。

「すみません、本当に」

そう言ったオレを見ておばあさんは優しく微笑んでいた。

「これで良し。っと。おばあさん道具ありがとうございました。リム助は少し落ち着いた・・・・・・か?」
「あいよ。悪いけどまた物置まで戻しに来てくれるかい?」
「はい」

いつの間にか電柱の下は綺麗いに掃除されていた。夏の日差しが濡れたアスファルト部分を照らして、ほんの少しだけ匂いが残っている様に感じた。

良太の手にはバケツと新聞紙の様な物が丸められたレジ袋が見られた。嫌な顔一つせずに、本当に頭が下がるよ。

「ほいじゃねお兄ちゃん。アンタ良い友達がいて良かったねえ」

しわくちゃな顔がもっとひしゃがれて、温かい笑顔になった。オレは良太と真緒を見て「はい、本当に」 そうおばあさんに返事をしていた。
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