アブラカタブラ!
「おいで、ベンガルトラだよ」
「檻の中だから大丈夫さ。寝ているよ」

 何度声をかけても入ろうとはしなかった。
ならばと、人だかりのしているライオンの檻の前に立った。
しかし雌ライオンが寝転がっているだけだった。

裏手に回ってみると、と驚いたことに雄ライオンが立っていた。
頑丈な檻とガラスに遮られているとはいえ、間近で観るそれはさすがに百獣の王たる威圧感があった。

「お前は何者だ」
 問われたような気がした。
じっとわたしを見つめている。

威嚇の表情をするでもなく、さりとて媚びるような風でもなく、「我に何用だ」とばかりに、わたしを凝視している。
しばしの間、その目に釘付けになってしまった。
わたしの後ろでしがみついている息子のことも忘れ、まさしく王からの風圧にさらされた。

「パパ。おしっこ」
 息子の声で我に返ったわたしは、王に一礼をしてその場を去った。
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