oneself 前編
仕事を辞める事以上に、まだ何か驚く事があるの?


少し動揺するあたしに、哲平も落ち着かないのか、空になったグラスにもう一度手を伸ばす。
 

かろうじて底に残っている少量の氷で薄まったコーヒーを、ゴクリと一口飲んだ哲平は、あたしに視線を合わせずに、うつむきながら言った。


「新しい仕事の事やねんけど」


前髪から覗く哲平の表情を、あたしは黙って見つめていた。


ほんの数秒の沈黙がやけに長く感じて、有線から流れる音楽に、少し気を取られた時だった。


「ホストしようと思ってる…」


ようやく顔をあげた哲平は、あたしの顔を見つめてそう言った。


ホスト…?


あたしは自分の耳を疑った。


「え、何て?」


聞き直したあたしに、哲平はもう一度同じ事を繰り返した。


「ホストしようと思ってる…」


理解出来ずに黙ってしまったあたしと、それ以上何も言わない哲平との間に、重い沈黙が流れた。


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