oneself 前編
ホテルに到着。


こんな所に来るのは、二人とも初めてだった。


緊張しながら、周りをキョロキョロと見回すあたし。


哲平もどこかそわそわと、落ち着きがないような気がした。


「温泉からあがられた頃に、お食事のご用意をさせて頂きますね」


フロントの着物を着た40代くらいの女性は、上品にそう言うと、部屋の鍵を差し出した。


「すごいな〜、温泉もあるんや」


思わず溜息が漏れる。


夢なんじゃないかと思うくらい、幸せな1日だ。


「汗もかいたし、風呂入ろう」


哲平はそんなあたしに目を合わす事なく、部屋に着くと、備え付けの浴衣やタオルなどを素早く準備し、あたしに手渡した。


少しくらい、ゆっくりしてもいいのに。


そう思いながらも口には出さずに、それらを持って、大浴場へと向かう。


「多分俺の方が早いやろし、あがったら先に部屋戻っとくな」


哲平はそう言って、そそくさと男湯と書かれた暖簾の向こうへ消えて行った。


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