oneself 前編
フーッという哲平の鼻息が聞こえる。


何だかとてつもなく嫌な雰囲気に、あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。


もしかしたら、哲平は考え直してくれたのかも知れない。


少しでも良い方に考えようと、ギュッと唇を噛み締める。


そんなあたしのまなざしに、哲平は床へと視線をそらすと、数秒してから、もう一度あたしの方を向いた。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「さっきも言うたけど、仕事はまだ辞められへん。未来にはホンマ悪いと思ってるけど、この気持ちが変わる事はないから」


真剣なまなざし。


決意に満ちた表情。


あたしの期待は、一瞬にして崩れ落ちた。


何も言わないあたしに、哲平はその一言で踏ん切りがついたのか、話を続ける。


「先輩には、ホンマにお世話になってるねん。スーツもそうやし、これ…」


そう言って胸ポケットから取り出した物を、カキーンと鳴らして見せる哲平。


「仕事でお客さんの煙草に火を点けるねんけど」


そういった場面は、テレビで見た事があった。


最初の頃、100円ライターを使っていた哲平。


そんな哲平に、先輩はそのライターをくれたらしい。


5万円相当のデュポンと呼ばれる、そのライターを。


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