oneself 前編
「そんな高価な物もらえへんって言ったんやけど」


開いたままのライターを人差し指で閉じると、カキーンとまた綺麗な音が響いた。


「これからも頑張って欲しいからって」


ライターの音にか、先輩の言葉にかは分からないけれど、そう言った哲平は、どこか誇らし気だった。


「先輩はもちろんやけど、店のみんなにもホンマに世話になってるねん。店はスタッフは未だに足りてないし、今ここで辞めたらみんなに迷惑かけてまう」


義理堅い哲平の性格。


それは良い事だと思う。


なら最初から、1ケ月なんて期待させないで欲しかった。


もちろん哲平は、最初はそのつもりだったんだろうけど。


初めての面接の時、あたしも先輩に出会った。


明らかに哲平を即戦力として誘ってきたあの人は、1ケ月で終わらす気なんて、はなからなかったんじゃ…


哲平の性格を知ってるあの人は、こうなる事を分かってて…


そんな風に、ひねくれた事を考えてしまう自分が嫌だったけれど、そう思わずにはいられなかった。


「でもな…」


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